エンドファイト



by 2022.08.27.



 --- シリーズ 緑恵さん、お日和はいかが #6 ---

 緑恵さん、お久しぶり。仕事が忙しくて、手紙を書くのが遅くなってしまいました。言い訳がましくてごめんなさい。
 成果をまとめた本が出版されたので送ります。本当は緑恵さんを共著に並べたかったんだけれど、アカデミーが非会員の共著者を認めてくれませんでした。そのかわり、巻頭に緑恵さんへの感謝の気持ちを書いています。私の仕事の多くが緑恵さんの協力があって出来た物なので、こんな事で済ませるのは失礼で申し訳ないと思っています、でも今のところは、それで許して下さいね。
 緑恵さんと一緒に研究した日々を思い出して、とても懐かしく思ってます。教室のボスから紹介されて初めてあなたと会った時、正直言って、あなたのとてもユニークな姿に驚いたわ。そして、あなたのユニークな能力に、もっと驚いた。たぶん紹介したボスも、あなたの本当の力には気づいていなかったと思う。でなければ、間違いなく自分のチームにあなたを引き入れたはずだもの。でも、そのおかげで私はこの上ない幸運を手に入れた、あなたと云う協力者をね。
 植物の体内や体外にどんな細菌が増えれば、植物が病原体に抵抗性を持つか、より成長するか、より栄養価の高い実を、より多く付けるか、他の研究者が成果を確認するまで何か月もかかる所を、あなたは数日で教えてくれた。その植物の気持ちが分かる、とあなたは言ってたわね。その仕組みはまだ私には理解できないけど、実験を繰り返すうちに、おおよそのパターンは想像できるようになった。それが、あなたが居なくなった後も役に立つ事になったけどね。
 あなたのおかげで私が猛烈なスピードで研究を進めるので、論文の査読者からはいつも捏造データじゃないかって疑われてたのよ。そのうえ、他の研究者が私の結論を確認する前に更に進展した結果を出してしまうから、ますます検証が難しくなって、そして、とうとう論文が受理されなくなった。あなたには、その事を言わなかった。でも、それを伝えていなかったために、私の研究がストップした時、あなたはそれが自分のせいだと勘違いしてしまったのじゃないだろうか。研究が他から評価されなくなると、私たちは冷たい目で見られるようになった。あなたを私に紹介したボスまでもが、あなたの容姿をからかうようになって、それで、あなたは辞めたのじゃないだろうか。あなたのせいじゃなくて、私の、いえ正しくは、私とあなたの研究が超高速で進んだ事が、やっかみや中傷の原因なんだと、なぜその事をあなたに伝えなかったんだろう。とても後悔している。
 あなたが辞めて教室を去って1か月後に私も辞表を出したのよ。あなたが居なくて、その上周りから冷遇されるような所に未練は無いってね。そして、今の研究所で仕事を続けた。海外に渡ることに最初は不安もあったけど、でも実行して正解だったわ。あなたの協力が無くて研究のスピードは鈍ったけど、研究費は充分あって、仕事を更に進展させる事が出来た。
 そして今度は、その成果を実行に移す段階に入っているの。農薬や化学肥料を使わずに、その植物が一番成長する効果がある微生物を組み合わせたファイナル・エイドよ。でも、当然、それぞれの植物、それぞれの土地でそのベストの混合は違うから、最初のうちは思った効果が出ない事もあった。ああ、これはあなたには分かり切っている事よね。失敗する事も多かった。その点を、既存の農薬や化学肥料メーカーはしつこく追及して来たのよ、これは効かないってね。マスコミやSNS使って様々な妨害をしてきた。何度も気が滅入りそうになったけど、環境問題に関心を持っている人達が支援を続けてくれて、次第に実力が分かってくれる人も増えて来てね、今は、立ち上げた会社はほぼ軌道に乗ってる。
 さて、最後に本題に入ります。緑恵さん、もう一度私と一緒に仕事をする事は出来ないかな。以前の様な、研究助手といった不安定な身分じゃなくて、共同経営者としてあなたを迎えたいんだけど。
 お返事お待ちしています。
 えみり、より

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 えみり先生
 お手紙拝見しました。私も懐かしくあの頃を思い出しました。
 そして、身に余るご提案、ありがとうございます。先生からの申し出、とてもうれしく、感謝に耐えません。でも、私には荷が重すぎるように思います。せっかくのご厚意をお断りするのは心苦しいのですが、申し訳ありません。
 あの時、私が先生のお手伝いを中断して仕事を辞めたのは、先生が考えておられる理由とは異なります。少し失礼な事を言うかもしれませんが、お許し下さい。
 私があの時の仕事に疑問を持つようになったのは、当に先生の研究の目的そのものだったのです。植物を成長させて、栄養価の高い実を、たくさんつけさせる、という目標です。実をたくさんつける事は、その植物にとって最適な事なのでしょうか。もちろん、農薬や化学肥料を使って土や環境までにも大きな負荷をかけるより、はるかに健全な農業だという事は分かります。でも、成長させる事、実をたくさんつけさせる事が目標になってしまうと、それが植物に対して健全なやり方なのだろうかと、私は考えるようになったのです。
 でも、そう言いながら私自身、とてもそんな生意気なことを言える立場ではありません。今、私はフラワーショップで働いています。本来なら受粉して、種を作って、子孫を残したいはずの花を、切り取って並べているんですから、健全な植物の生き方とは、全く言えない事をしているのです。せめて、店に並んでいる花や草木の気持ちを汲み取って、出来るだけそれに合った行き先を決めてあげる様にしようと思っています。でも、先ほど私が言った事とは矛盾していますよね。
 まとまりのない思いを書いてしまいました、お許しください。もう少し、考えの整理が付いたら、改めて先生にお手紙しようと思います。
 今回は、これで失礼します。お仕事がうまく進みますようにお祈りいたします。
 では、
 緑恵、より





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 「緑恵さん、研究所で働いていた時期があったんですか」
 「そうらしいです。一緒に働いていた先生が、緑恵さんへの謝辞を書いた本を送ってきましたよ」
 「へえ、何を研究している先生ですか」
 「植物の成長を促進させる微生物を研究してるそうです。農薬や化学肥料の代わりに、それを使えば、環境にも優しいですしね。でも農薬や化学肥料の会社と太刀打ちするのは難しいでしょうねえ」
 「え、どうしてです。環境にやさしい物なら、どんどん広まって化学農業を圧倒するようになるんんじゃないですか」
 「農薬や化学肥料の生産はね、絶対に減らないんです。国が守ってるんです。」
 「どういうことですか」
 「農薬や化学肥料の工場は、ちょっと変えるだけで、火薬や化学兵器の生産工場になるんです」
 「それって・・・」



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