揺りかごを見つけた |
![]() ![]() --- シリーズ 緑恵さん、お日和はいかが #9 --- いつもマスターが使っている店の奥のコーナーの、その壁の本棚の一番奥にしまってある、少し古びた体裁の、「世界のふしぎ」という背表紙の本を見つけて、その内容が気になり取り出して読み始めた。何度も開いた形跡がある最後の方のページは、恐らく図譜が書かれていただろうと予想される1枚が破り取られていて、その解説だけが残っていた。 ”彼らは一生涯に1度だけ子孫を残す作業をする。適齢期になったオスとメスのカップルは、新月の晩に竹林で愛の営みを遂行する。メスがオスの体内に卵子を送り込み、それを受け取ったオスはその体内で受精を完了し、受精卵を、この時期だけオスの先端に形成される細長い穿刺器で、若い竹、つまり「竹の子」の中に注入するのだ。オスが取り込む卵子は数10個と考えられるが、受精卵の植え付けはだいたい5-6個である。ただし穿刺器の耐久性に寄ってその数は異なる。原則として、1本の竹には1個の受精卵しか入れない、1本の竹が複数の胎児を育成する事は難しいためだ。しかも、注入された受精卵がすべて育つとは限らない。そのため、1組のカップルが残す子孫の数は2-3個体であり、その後の生育状況を考えると、旺盛に繁殖する種とは言い難い。” 少し薄暗いコーナーで夢中になってそれを読んでいて、ふと顔を上げると、テーブルの向かいの椅子にマスターが座ってこちらを見ていた。 「何か面白い発見がありましたか?」とマスターが微笑みながら声をかけて来た。 僕は、あたかもマスターの秘密をのぞき見しているような気持になり、うろたえながら「ここに書いてある、この生き物は、竹の中でずっと成長するんですか」と、取り繕うように聞いた。 マスターは、僕のうろたえに全く気付かなかった、と言う素振りで答えた。 「いえ、竹の中ではある程度の大きさまでしか育ちませんから、成熟体まで育つには竹から出なくてはいけません。自分の力だけでは出てこられない個体も多いです。その場合は誰かが竹から出してやる必要があるんですよ」 マスターの語り方は、それが存在するのは当然であり否定しようがないという口調だった。この不思議な生き物にますます引き込まれた僕は先ほどまでの狼狽を忘れて質問した。 「竹の中から出てこれなかったら、どうなるんです?」 「そのまま中で枯れて行くんです」 「でも、外に出してやろうとしても、竹の中にその生き物が居るかどうか、分からないじゃないですか」 「幼生期の終わりになると体が光るんです。昔は竹を利用する事が多かったので、この光る竹を見つけた人は、それを持って帰って大事に育てたものです。でも、最近は竹林に入る人が少なくなっていますからねえ、多分、そのまま枯れていく個体が多くなってるんじゃないでしょうか」 僕は、徐々に大きくなってきた疑問を、思い切って口に出した。 「オーナーは、この種族を見たことがあるんですか?」 「たぶん、見たことがあると思いますよ」 「ええ、ホントですか?」 「ひょっとしたら、あなたも見ているかも知れません」と、言いたかったのではないかと後になって考えているのだが、オーナーは、「ひょっとしたら、・・・」とだけ言葉に出し、そこで話すのを止めた。そして普段の笑顔に戻って立ち上がり、「一段落したら、ハーブティーを作りましょう」と言って作業着を付け、華衣の整理を再開した。 僕は思い出した、何時だったか初めてオーナーの部屋に入った時、そこに竹で作った揺りかごが置いてあったのを。 ![]() |