駄文アルゴリズム |
![]() ![]() 「あなたの作品を使用したいので著作権を購入させていただきたい」というメイルが、Gopplezonの日本支社から来た。最初は偽サイトからのフィッシングかと身構えたのだが、3度目のメイルに恐る恐る返事を出したところ、どうやら本物らしい。だが、タイミングが遅かった。1か月前にMatatwee社から、こちらは文書の手紙で、私がネットで発表しているショートショートの著作権を譲ってくれと言う連絡が来て、先週契約書を取り交わしたばかりだ。 同業者と競い合ってるのですか?というような詮索は余計なお世話だろうと考え、Gopplezon支社には、「購入ご依頼の作品は、他の業者と契約しました」とだけ伝えた。 すると、間もなく返信が来て、これから作った作品をG社のみに提供するように専属契約したいという申し出である。何と有難い話ではないか、ついに私の作品を取り上げてくれる所が現れたらしい。まあ素直に考えてみて、私の作品が類いまれな名作だと自慢するほどには自惚れていないが、それでも、このようなグローバルな会社から制作依頼されるとは、ひょっとして私には自分で考えている以上に才能があるのかも知れない、などと思ったりするのであった。 その後何度かメイルのやりとりをして、今後1か月内に、新たな作品を数点創作して送ることになった。 だが、いざ新作品を、と意気込むと、なかなか書けないものである。どうしてもアイデアがまとまらず、最後の手段、奥の手として会話AI:Chot DKY(ちょっとダケヨ)に質問してみた。 「往年の流行作家が書いたようなショートショート、ヒトの遺伝子変異と地球温暖化をテーマにして5000字内で。」 「文体は一人称で、SNSの経営者が好みそうな単語を頻用する。」 ま、その他あれこれ注文つけて入力してみた。入力文章をを少し改変したり、順番を変えたりして質問を繰り返したら、その度にそれなりの別の作品をアウトプットしてくる。結構面白い作品が出来ていて感心する。もっとも、それをそのまま自分の作品だと言うには、やはり気が引けるので、途中の文章をカットしたり、入れ替えたり、少し追加したりと言う細工を加えてGopplezon社にメイルで送った。 間髪入れず、その数時間後に返事が来た。 「お送りいただいた貴殿の作品は、Chot DKYが創作したものであると判定されました。弊社が求めているのは貴殿が自分自身で創作された物でありますので、近日中に趣旨に沿った作品をお送りいただきますようお願い致します。」 やはり見抜かれた。安直な方法に頼るわけにはいかなくなったので、それこそ七転八倒しながら、やっと5作品を書き上げて送った。今度は受領され、「今後ともよろしくお願いいたします。」という返信が来た。自分のオリジナルの作品の方が優れていると判断されたのだろうか、と気分を良くする一方、これから毎月苦労して話をひねり出す必要があるのか、と考えると、少し憂鬱な気もした。 それから数日後のこと、後輩の松本君から暑中見舞いが来た。彼は大学研究室仲間のうちでも出世頭で、彼の論文が認められて製薬会社の研究所にヘッドハントされ、今では有名な研究所の所長だ。挨拶の言葉と共に、こんな事を書いている。 「先輩のショートショートを楽しみにしていたのですが、最近ネットで読めなくなり残念です。もう書くのを止められたのですか?」 ネット掲載していた時には、誰からも連絡が無くて寂しい思いをしたのだが、私のつたない作品を楽しみにして待ってくれていた人物がいたのかと思うと、嬉しくなって、ハガキに書かれていた彼のメイルアドレスに返信した。私のショートショートを読んでもらっていた事を知り大変うれしく思っている事。あの作品はMatatweeに売ったので現在はネット掲載できない事、等々、自分の近況と共に伝えた。すると、こんな返事が来た。 「先輩の作品がMatatwee社に買い取られたのですね、すごいです。出版の予定などはあるのですか?そういえば、この研究所にも趣味でショートショートを書いていた同僚がいるのですが、彼女も作品をMatatwee社に売ったという話をしていました。いつか2人の作品が本になるのかも知れませんね。」 その彼の同僚のペンネームが、「風なびきふわり」というのだと書いてあった。このペンネームは私も何度か見たことがある。その作品のアイデアは面白いが、文章はあまり上手じゃないなと思っていた。だが、同じIT企業がショートショートを集めているらしい事を知り、どんな作品を収集しているのか確認のため、久しぶりに「風なびきふわり」さんのホームページを見ようとしたのだが、ネットサーチで出てこない。そこで、「風なびきふわり」と「Matatwee」で検索してみた。なかなか意図する文章にたどりつけなっかったが、丹念に内容チェックしているうちに、彼女が書いていたブログにたどり着いた。もっとも本体は削除されていて、残っていたキャッシュの中を読んだのだが。そこには、こんな事が書かれていた。 「私のショートショートをMatatweeが買い取ると言って来た。趣味でネット掲載して来た私の作品が、なぜIT企業の興味を引いたのだろう、本の出版社では無くて?、なぜ?気になる。」彼女も同じ事を考えていたらしい。 「東京にいる毎朝新聞記者の友人が、Matatweeに勤めているプログラマーと知り合いだと言うので、そこの事情が分かるかどうか調べてもらえないか頼んでみた。そうしたら先日、聞いた話をメイルしてくれた。」 そして、その内容が紹介されていた。 会話型AIが作り出す文章は、文法的に正しく、当然ながら誤字脱字は皆無で、万人に素直に受け入れられる語り方になっている。従って、何かの解説をしたり、質問に答える文章なら問題ないのだが、逆に質問を投げかけたり依頼する文章では、完璧すぎる文章は機械的な印象を与え、時に懐疑的な反応を招く事もあり得る。そこで、多少ぎこちなさを残し、たまには誤字脱字さえあって、それでも相手に趣旨を伝えられる文章を作り出すアルゴリズムの開発が企画された。そのために、ある程度の読者を得ているサイトで、読み手に何某かを訴えかける要素があって、それに加えて、完璧な文法から少し逸脱したところがある文章を集めるべく、趣味で掲載されたサイトから、趣旨に適合したショートショートを収集する事になったらしいのだ。 つまり、こういう事だ。 私がGopplezon社やMatatwee社に送ったショートショートは、作品が優れていると評価されたのでは無い。むしろ、語彙や言葉遣いが少し変で、けれども、意味は通じて、訴える内容は理解できる、という点で収集された。そして作品が世間に公表されることは無い。 それを知って、少なからず不愉快になったのは確かだ。だが、気を取り直した。駄文と判定された?・・結構だ、それなら私の書く駄文が、将来のスタンダードになるように、AIを仕込んでやろうじゃないか。思い知らせてやろう。 ![]() |