e-メイティング



2025.03.23.



 隣の爺さんはAI(人工知能)という言い方を嫌って、未だにコンピュータと言ってる。あれに知能などない、アルゴリズムに従って動いている信号に過ぎないと主張しているが、人間より上手にいろいろしてくれるんだから、そんな事に拘らなくても良いじゃないか。もう、この頃は、面倒な事はAIが全部やってくれる。AI、偉いもんだぜ。
 ということで、俺もお年頃を随分すぎてしまって一人じゃ寂しいので、お見合いアプリに相手を探してもらう事にした。AIが勝手にお見合いしてくれると言うChot OMI(チョット・オミアイ)だ。俺って女の子とあまり話した事ないし、女の子がどんなことに興味あるのか知らないし、どんな事を話すのか分からないし、そんな事もあんな事も全部AIに任せてしまうのさ。
 Chot OMI起動。
 「こんにちは、わたしはChot OMI、N.A.コードです、初めまして。あなたのお見合いを代行します。」
 代行してくれるのか、楽ちんでいいや。
 「最初に、あなたの仕事を入力して下さい。」
 仕事?職業を聞いてるのか。どうしようかな、ま、適当でいいや。飛行機のパイロット・・になりたかったんだよな。希望、と付け加えとくか。パイロット・希望、と。
 「あなたの年齢を入力して下さい。」
 えーと、これは若い方が良いよな。俺、今日が誕生日で30になったんだけど、昨日までは29だったわけで、気持ち的にはまだ20代のつもりだしさ。丁度29歳から30歳に変わった所、ということで。29-30。
 あれ、次の項目の性別がグレーに変わって入力できなくなったぞ。何でだよ、クリッククリック。ああ、そうか、29-30で-1歳となったわけだね、了解。じゃあ、30歳成り立てという事で、30.0歳、と。
 性別は、「FMLGBT」無記入でも受け付けてくれるとは聞いてたが、FMグループの方がその後のオプションが多いと書いてあったな。とりあえずは「M」と。
 「昨晩の夕食を入力して下さい。」
 ええっ、いきなりそんな質問になるのか。ここは見え張るべきだろうか。でもなあ、高級料理って俺あんまり知らないし、正直に書いとくか。ハラベコ・ヌードル大盛り、っと。
 「昨晩の夢を書いてください。」
 はあっ、何それ。お見合いの席で前の晩に見た夢を語るって、普通そんなことしないだろうが。気持ち悪いと思われるよ。んん、でもまあ、これはプロフィール構築の情報収集と言うわけだね。そういう事なら、実は俺、得意なんだ。毎晩見た夢を起きて直ぐメモしてるのさ。昨晩の夢は・・と、これこれ。
 そこは、海辺だった。遠浅の海岸が広がっていて、ずっと向こうの半島の上には灯台があった。昼間なのに灯台の灯りが遠くまで見えた。海岸の中ほどには平べったい顔が、そう、顔だけが横たわっていた。目は閉じていて、まつげが長かった。その横に枯れた木の枝が立っていた。枝には大きな丸い時計がフトンのように折りたたんで干してあった。その時計は風に吹かれてブラブラと揺れていた。俺はその海岸に向かって走り、大声でバカヤ
 あ、入力できなくなった。なんだよ、文字制限があるなら初めに言ってくれよ、これからが俺の活躍場面だったのにさ。でも、書き直すのはめんどくさい、これでいいや。
 「好きな色を書いてください。」
 おう、定番の性格当てゲームだな。ここは慎重にならないといけないね。青系統の色が好き、かな。けど、ただの青じゃインパクト薄いね。スカイブルー、マリンブルー、いやいやありふれてる。ちょっと調べてみよう、ピーコックブルーなんてのはアピール強そうだな。おっと、フォーゲットミー・ノット・ブルー、これなんか良いじゃん。
 あれ、色の名前入力してないのに次のステップに進んでるよ、時間かけすぎたせいだろか。
 「お見合い相手が決まりました。5番の相手との1回目のデートの費用を入金してください。」
 なんだか、せっかちなソフトだね。
 「御心配には及びません。質問のご回答に加えて、語彙の選択、単語と単語の間の待機時間、キータッチ速度、タイプ圧、その他から、あなたのキャラクタープロフィル構成は完了しています。」
 え、そうなの。じゃあ、入金・・と。
 「お見合い相手が決まりました、8番の相手との1回目のデート費用を入金してください。」
 さっきのお見合いはうまく行かなかったわけだね。はいはい、入金。
 「お見合い相手が決まりました、10番の相手との1回目のデート費用を入金してください。」
 入金。
 「5番の相手との2回目のデート費用を入金してください。」
 だんだんと込み合って来るね。いちいち夫々のデート費用を入力するのは面倒だよ、まとめて払う方法は無いのかね。
 「デート費用支払いを一括入金する方法もありますが、どうされますか。Aコースは5万円まで、Bコースは10万円まで、Cコースは20万円まで自動で入金されます。」
 さあてね、どれくらいでお見合いが成立するんだろ。とりあえずは5万円コースだな、入金、と。
 うわぉ、ものすごいスピードで表示が変わっていくよ。
 あ、止まった。
 「一括入金の資金が無くなりました、32番目の相手との1回目のデートの費用を入金してください。」
 えー、32人とお見合いしても、まだ決まらないのか。じゃあ、今度は10万円一括入金、と。
 おお、またドンドンと表示が進むよ。
 「一括入金の資金が無くなりました、69番目の相手との5回目のデートの費用を入金してください。」
 まだ決まらないのか、でも5回もデートしてるんなら、そろそろ成立してもいいんじゃないの。今度は5万円で。
 表示変わる変わる。
 「一括入金の資金が無くなりました、103番目の相手との1回目のデートの費用を入金してください。」
 ありゃあ、さっきの相手とはうまく行かなかったんだろうか。ええい、今度は20万円振り込むぞ、それ。
 「今月のあなたの借入限度額を超えました。現在のクレジットカードは使用できません。」
 え、どうしよう。今月はまだ部屋代も払ってないし、明日からの食事も買えないってことか?
 「新たな借入先として、安心安全銀行をご紹介いたします。安心安全銀行は国の直営銀行です。借入金利はマイナス0.02%です。」
 え、どういうこと?借金したら、返済額が増えるんじゃなくって減るってこと?いいねえ、太っ腹だねえ。じゃ、100万円程借り入れして、Chot OMIにまた20万円入金、と。えっと、もし1億円借りたら返済額は9998万円で良いって事だね。じゃあじゃあ、借りては返済するのを繰り返したら、何にもしなくても金が増えるわけか、良いなあ。それにさ、借金取り立ても変わって来るよな。怖いお兄さんがやって来てさ、おっらああ、おめぇ借金返したりするんじゃねえぞ、返しに来やがったら承知しねえからな、なんて脅すんだよな。いやいや、それはないよな、1億円を自由に出し入れできるような金持ちは2万円などはした金で気にしないって事か。
 「91番目のデート相手とのマッチングが成立しました。」
 やったあ、これでおいらも独身生活とおさらばできるぞ。とは言ったものの、これからどんな手続きすれば良いか、よく分んないけど。
 「おめでとうございます。この後ご結婚までの手続きを、引き続き私どもで進める事をご希望でしたら、契約のアップデートが可能ですが、いかがなされますか?」
 はい、しますとも、しますとも。
 「それでは、アップデートのための追加料金をお支払いお願いいたします。お勧めは、万が一の離婚訴訟も含めた安心第二プランです。ほとんどの方がこちらのプランを申し込んでおられます。」
 最初から離婚の場合もセットされてるって、今時そんなものなのか。じゃ、それでお願いしよう。
 「それでは頭金として20万円をお振込み下さい。年会費は1万9800円ですが、式会場設営費用、書類作成や弁護士費用はそれぞれ別途請求になります。」
 んん、先の見通しがつかない道に入って行く感じだな。
 「お相手は、最後の意思確認のため、2泊3日の婚前旅行をご希望です。」
 え、婚前旅行?ムフフ、何だか怪しげな響き。
 「旅行プランはどうされますか?」
 そうだなあ、あまり遠い所じゃなくて、近場でゆっくりするのが良いと思うんだよね。熱海温泉なんてどうだろう。旅行は熱海、と。
 「お相手が、婚約を解消されました。」
 ええっ、何で。理由聞いてよ。
 「個人的な質問には、お答えできないとのご返事です。」
 何言ってんだよ、お見合いとか結婚とか、がっつり個人的な事じゃないの。
 「私が想像しますに、旅行内容のインパクトが小さかったのではないかと考えます。」
 分かったよ、もっと豪華なプランにせよ、という事かい。でも、シャクに触る。今度から婚前旅行を希望する人は除外してよね。
 「承知いたしました。」
 「104番目の相手とのマッチングが成立しました。」
 え、お見合いも無しで? 正直なところどうなんだろ、相手の顔も見てないしさ。
 「あなたとのデジタルカップリングは申し分ありません。お相手は披露宴を希望されず、その費用はこれからの生活費に充填させたいとの堅実なお考えを持っておられます。」
 何て健気な人なんだろう、もう感激だよ。でも、せめて新婚旅行はしてみたいな。熱海からちょっと先の伊豆高原なんて、どうだろう。
 「お相手は、新婚旅行に同意されました。」
 おお、何と素晴らしいヒトなんだ。
 「旅行プランは当方で準備いたしました。費用のお支払いをお願いいたします。」
 やったあ、新婚旅行だ、夢のようだ、でも夢じゃないんだ。
 それじゃ、旅行の準備しなくちゃ、着替えの下着は新しいのを買わないといけないね。歯ブラシも新しいの買って、あ、久しぶりに散髪もしとかなくちゃ。ネットで買い物は出来るけど、ネット散髪は無いよなあ、どうしよう。
 「新婚旅行は当方で代行いたしますので、身だしなみの事は、一切心配ご無用です。」
 おい、ちょっと待て。新婚旅行を代行ってどういう事だよ。
 「私どもの”Chot OMIプラス”は、お見合いの無駄な時間や結婚の面倒な手続き、結婚生活の煩わしさから、ご依頼者様を完全に開放するシステムとなっております。必要な費用をお支払いいただくだけで、安定安寧な家庭構築が保証されますので、ご安心ください。」
 そうかあ、なんか説得されそうだな。結婚するってそんなに煩わしい事なのか。
 いやいや、違うだろ。他にもさあ、ムフフな事とかウフフな事とか、あるだろう。書類上の家庭構築が目標だって?それ、誰が言ってるのよ。
 「リアル・メイティングがご希望でしょうか?」
 うーん、やっぱりその方がねえ、
 「昨今のマッチング事情から判断しますと、リアル・メイティングのご希望はかなり少なくなっております。その時の相場に寄って確率は異なりますが、1%から0.001%の間で変動しております。結婚後に相互の交渉で合意が熟成されてリアルに移行する可能性も、あり得なくはないのですが、天文学的な確率となり、数字を提示する事は困難です。」
 ええー、そんな事最初に言わなかったじゃん。
 「お送り致しました契約書の75条に記載してあります。」
 そんなもん、見ないよ。
 「契約書は、すべてに目を通されるのが賢明と存じます。」
 冷たいこと言わないでさあ、何とかできないの?
 「それでは、リアル・メイティングオプションの申し込みをご希望でしょうか。」
 そうする、そうします。お願いしますよ。
 「わかりました。ただ、あなたは既に結婚契約を成立させておられますので、私どものシステムでは、これ以上の進行はできません。他のNPOをご案内する事になると思います、しばらくお待ちください。」

 「はーい、今日は、はじめまして。こちらはメイティングアシストの風鈴可願でーす。」
 なんか、軽そう。
 「お悩みは、何かな? リアルメイティングのご希望、という事で良いかな?」
 そうです。
 「わっかりましたー。じゃあ、早速入会金100万円振り込んでね。」
 え、高っか。
 「あーら、どうします?キャンセルしますか?」
 え、いや、振り込み、します。これで確実にリアル出来るんですか?
 「うーん、それってみんな聞いてくるのよね。でも、考えてごらんなさい。ここに集う人達っていうのは、誰もがそれぞれの複雑な事情を持っている人達なのよ。リアルが成立するかどうかは、そんなコモゴモな条件がぴったり合った時なのね。私たちが出来る事は、いっぱい絡まった条件を出来るだけ揃えてあげる事だけ。そこから先は、あなたの素質と、財力と、運、かなあ。」
 何だか、茶化されてるような気もするな。
 「あら、気に障ったらごめんなさいね。でも、世の中ってそんな物よ。思い通りに行かない事の方がずっと多いの。それだから面白いんじゃない?ちがう?」
 はい、その、なんとなくわかります
 「そう、じゃ、始めようか」
 え、もう直ぐにリアルできるんですか?
 「そ、何事も先ずはトライアル。あなたの場合はね、何度かシミュレーションが必要ね。今からリンク先のアドレス送るから、そこからレベル1のアプリをダウンロードして。それと、必要なアイテムが指示されるから全部購入してね。次第にレベルが上がって行くから、ちゃんと付いて行くのよ」
 これって、今持ってるVRゴーグルの方がスペック高いんですけど。
 「だから言ったでしょ、世の中思うように行かない事の方が多いんだって。何もかもうまく行くって囁かれたら、それは詐欺だと思いなさいな。それにね、見えすぎるのは何時でも良いとは限らないのよ」
 そうなんですね。
 「じゃ、一人目、いくわよ」
 お、おお、
 なんと大胆なーーー

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 もう何十回目になるだろうか、いまだにシミュレーションは終わっていない。つまり、まだリアルメイティングできていないという事。けれど、バーチャルの世界ではバーチャル・チルドレンが56人出来た、いや57人だったろうか、もう、よく覚えていない。バーチャル養育費にバーチャル教育費、いろんな出費がたくさん増えた。でも国が経営している安心安全銀行がいくらでも融資してくれるからお金の心配はいらないらしい。
 先日、「内閣府」から表彰状が届いた。もう少し頑張れば、国民栄誉賞も貰えるんだそうだ。

 リアルの世界では、出生率がとうとう0.2を切って、急激に人口が減って来た。インフラが持たないと言われていたが、それどころか、国そのものが無くなりそうな状況だそうだ。
 そこで国の偉い人が考えたのが、実を捨てて名を遺す、方法だった。バーチャル世界でこの国の人口を増やして、世界一バーチャル国民の多い国にしようという政策が立案され、実行に移された。この方法は実に国民性とマッチした手段であって、着実に成果を出した。現時点で、バーチャル人口は世界第3位に達しており、このまま進展すれば、間もなく第2位となると予想され、第1位も視野に捕らえられたペースなのだそうだ。
 この国はリアルでは消えてしまっても、バーチャル世界で永遠に輝き続けるであろう、電源が切られない限り。





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