血液浄化膜と生体反応

血液透析療法では体外循環中、治療素材と血液との接触によって生体にさまざまな反応が生じる。治療のたびに繰り返されるこうした異物反応が血液透析中の副作用のみならず、長期的には透析患者のQOLの低下に結びつく種々の合併症に深く関与している可能性が近年クローズアップされた。こうした生体反応は治療素材によって大きく異なることから、この過程で生体反応を指標として「素材の生体適合性」という概念が浮上した。生体適合性は素材の安全性を評価する基準の一つで、生体に有害な反応を及ぼす素材の生体適合性は低く、安全性に劣るとみなされる。

血液と血液浄化膜との接触で生じる生体反応とその臨床的影響

血液透析、血液濾過に用いらている膜素材は天然繊維(セルロース)系と合成高分子系に二分される。

表1
<セルロース系>
1.再生セルロース regenerated cellulose(RC)
銅アンモニウムレーヨン cuproammonium rayon
ケン化セルロース saponified cellulose
2.酢酸セルロース
cellulose deacetate(CDA)
cellulose triacetate(CTA)

<合成高分子系>
polymethylmethacrylate(PMMA)
ethylenevinylalcohol(EVA)
polyacrylonytrile(PAN)
polysulfone(PS)
polyamide(PA)
polymer alloy(polyarylate/polyethylsulfon;PEPA)

体外循環に伴い血液と膜素材が接触すると、補体、凝固、線溶などの酵素系や、血小板、白血球・サイトカインなどの血球系が活性化される(図)。

こうした生体反応は膜素材により異なり、臨床上、膜を選択する際の重要な指標となる。

 

 

 

 



 

 

1 補体活性化作用

再生セルロース(RC)膜素材を用いた血液透析中に生じる一過性の白血球減少に活性化補体が関与している事実をCraddockらが見出して以来、RC膜の詳細な補体活性化機序が明らかにされた。RC膜表面には補体活性基である遊離OH基が存在する。このOH基に血中のC3bが結合、さらに活性化が生じる。こうした補体活性化にはOH基の数、膜の陰性荷電や親水性の程度、OH基への蛋白吸着性などが規定因子である factr B のOH基への吸着の割合により補体活性化作用は大きく異なる。
この過程で生じた活性化補体のうちC
3aとC5aはアナフィラトキシンとして生体に強力な作用をもつ。(表2)このため、補体活性化には透析困難症の原因ばかりでなく、好中球やリンパ球、単球への反覆的な刺激、活性化作用を介して免疫能低下や透析アミロイドーシスなどの長期的透析合併症の促進因子となる可能性が指摘されている。一方EVA膜は合成高分子素材でありながら直接的に古典的補体経路を活性化する。しかし活性化の程度は軽度で、RC膜による活性化に比べれば臨床上の意義は低い。

 

2 凝固・線溶系,カリクレイン・キニン系

透析膜との接触に伴い]U因子を起点とする内因性の凝固活性化が生じる。ヘパリンなどの抗凝固薬の投与により凝固の進行は阻止され、フィブリノペプタイドA(FPA)などの最終代謝産物は上昇しないが、トロンビン・アンチトロンビンV複合体(TAT)やプロトロンビンフラグメントF1+2(F1+2)で代表される凝固系の中間代謝産物は上昇する。活性化]U因子(]Ua)は、プラスミノーゲンプロアクティベーターをプラスミノーゲンアクティベータに変換して線溶活性化の引き金となる。線溶系も中間代謝産物であるプラスミン・α2プラスミンインヒビター複合体(PIC)は上昇を認めないことが多い。
]U
は同時にプレカリクレインをカリクレインに変換してカリクレイン・キニン系(KK系)の活性化をもたらす。この過程で生じたブラジキニン(BK)は血管の拡張や透過性亢進作用をもつ。(図)
新品のRC膜を使用した透析開始20分以内にきわめてまれに発症する胸痛、背部痛や呼吸困難などのアナフィラキシー反応は透析器過敏性症候群(dialyzer hyperesensitivity syndrome)またはfirst use症候群と呼ばれ(表2)活性化補体や、滅菌剤であるエチレンオキサイドガスアレルギーの関与が想定されてきた。近年、同様の症状がangiotensin converting enzyme inhibitor(ACEI)を服用した透析患者で報告されている。ACEIはBKの分解酵素であるキニナーゼUを阻害するためBKが血中に貯留し、アナフィラキシ−ショックを呈する可能性がある。とくに強く陰性に荷電したAN−69(AN)膜以外ではANEI併用時でも発症はみられなかったという。その反面、AN膜を通過した透析開始直後の血中BK濃度はACEIの有無にかかわらず上昇したとの報告もあり、ACEIによるBKの分解阻害がアナフィラキシー症状の主因ではない可能性も指摘されている。

3 血小板

膜との接触により活性化された血小板は、体外循環路表面に粘着、凝集したり、血小板自体が凝集塊を形成して回路内血栓の原因となるばかりではなく、体内に微小栓を形成して透析不均衡症候群の原因となる。さらにアラキドン酸経路を活性化してプロスタノイドを産生、一方でβ−トロンボグロブリン(β−TG)や血小板由来増殖因子(PDGF)などの産生・放出を促す。こうした血小板の活性化は陽性荷電膜で強く、また補体活性化の影響も関与する。

4 顆粒球

膜との接触で顆粒球が活性化されると、顆粒球はエラスターゼを放出する。エラスターゼは強い組織障害作用をもつが、ただちに血中のα−プロテアーゼインヒビター(αPI)と結合してgranulocytoilastaseαPI複合体(G−αPI)を形成、中和される。エラスターゼの産生は血小板や補体系とは独立した経路で規定される。

5 単核球

  1. モノカイン仮説
  2. RC膜との接触による単核球の活性化に伴い、インターロイキン1(IL−1)の産生・分泌が亢進して、短期および長期的な透析合併症を生じる可能性があるとしたインターロイキン仮説が1983年に発表されて以来、単核球から産生・分泌されるのはIL−1以外にIL−6,IL−8,tumor necrosis factor(TNF)など多岐の炎症性サイトカインに及ぶことが判明した(モノカイン仮説)。単核球の活性化には膜による直接刺激や活性化補体の作用に加え、透析液中に含まれるエンドトキシン(ET)とそのフラグメントやアルカリ化剤である酢酸の関与が想定されている。これらのうち、もっとも強くサイトカイン産生に寄与するのがETであるETはその分子量から透析膜を通過しないとされてえたが、分子量2万以下のフラグメントにも活性化部分が存在し、透析膜を透過して血液中に進入、サイトカインを産生することが証明された。サイトカイン産生を単球でのmRMAの発現で検討すると、活性化補体や膜による刺激ではIL−1やTNFの転写のみが生じ、IL−1やTNF産生が亢進するためにはETなどの他の刺激物質の存在が必要であること、転写はPS膜に比し、RC膜で強いことが明らかにされた。さらに、IL−1とともに産生され、IL−1受容体を阻害してその作用を減弱するIL−1receptor antagonist(IL−1Ra)の産生は、健常人、透析導入前腎不全に比して透析患者で有意に高値を呈し、IL−1βと高い相関が認められた。これらはモノカイン仮説の妥当性わ臨床的にも維持する論拠とされている。

  3. モノカインの及ぼす臨床的影響

血液透析で生じたサイトカインが、直接ないしはプロスタグランジンを介して発熱、低血圧などの透析不均衡症候群をもたらす可能性はIL仮説以来、知られていた。近年、サイトカインと種々合併症との関連が相次いで報告されている。

a.免疫不全、低栄養

RC膜とRMMA膜をクロスオーバーで使用すると、PHA刺激に対するIL−2receptorの発現はRC膜で低下しており、単球に発現するIL−2receptorは逆に増加していることから、透析膜の種類とサイトカイン産生が長期的な免疫能低下に関与する可能性が指摘された。また、筋肉からアミノ酸溶出をPS膜とRC膜で増加することから、長期的な低栄養を招来する可能性も報告されている。

b.腎不全アミロイドーシス

ChanardらがRC膜の使用期間が長期化するほど手根管症候群(CTS)の発症率が高まると報告して以来、透析膜との関係がクローズアップされた。RC膜とPAN膜との比較では、RC膜では骨嚢胞やCTSが短期間に出現、PMMAに比較してRC膜使用時に単球からのβ−MG産生が増加したり、RC膜の長期使用で活性化酸素の放出が亢進、β−MGのアミロイド線維への重合が促進されるとの結果も報告されている。本アミロイドーシスの成因は十分に解明されていないが、先の臨床成績と合わせ、モノカインが深く関与している可能性はきわめて高い。アミロイドの沈着部位にはマクロファージや滑膜細胞由来のIL−1、IL−6、TNFなどのmRNA産生亢進が認められること、β−MGはマクロファージや滑膜細胞からのIL−1やIL−6のmRNA発現を誘導しうることから、局所の炎症あるいはアミロイド沈着を契機に、マクロファージやβ−MGが炎症性サイトカインの発現を誘導、接着分子も加わって局所で滑膜細胞の増殖や、破骨細胞による骨関節破壊を促進する機序が想定されている。セルロース膜使用で透析アミロイドーシスの発症が増加する機序に関しては、このほかに合成高分子膜と比較してβ−MGの除去量が少ない、残腎機能の低下速度が速くβ−MG排泄量が減少するといった、多面的な要因も関与している。